音というのは、同じ音を聞いても、同じには聴こえない。人間の耳は、音響という空気の振動そのまま刺激として受けて気持ち良かったり、不快だったりするという単純なものではなくて、音楽の中のある音と音を関係付けて聴いたり、ある音を前面の音、ある音を背後の音として聴いたりもするし、音階や和音などを記号として受け止めるし、知らないジャンルの音楽は、知らない外国語のようにペラペラとしか聴こえずどれも一緒に聞こえるのに、自分の詳しい音楽は、ちょっとしたディテイルまで区別できる。音楽を聴いて一本のわかりやすいメロディだけを追尾する単焦点の聞き方の人もいれば、バッハのフーガのたくさんの声部を同時進行で全部聴いているような多焦点の耳の人もいる。
ある様式の音楽を何度も聞くと耳が訓練されて、そこから聞き取る音の情報自体が変わる。だから、自分の好みとか人間性は変わらないのに、ある時、それまでわからなかった曲がわかるようになったりするし、以前好きだった曲が単純すぎて物足りないとなったりもする。